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◆奥の細道見聞録-2◆ |
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奥の細道写真集-2 |
奥の細道見聞録-2― やゝ年も暮、春立る霞の空に白川の關こえんと、… …三里に灸すゆるより、松嶋の月先心にかゝりて ― と、目標にしていた白河の關を越え、 信夫の里を経て伊達の大木戸をとおり伊達の領に入った。 いよいよ夢に迄見た松嶋はもうすぐそこです。 |
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| ― 斯る病學束なしといへど、…気力聊かとり直し、路縦横に踏で伊達の大木戸をこす。― |
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| 〔5月3日〕白石城下へ泊り | 鐙摺坂の遺跡〔白石市斎川〕 | 伊達の大木戸〔国見町貝田〕 |
| ― 鐙摺・白石の城を過、笠島の郡に入れば、藤中将實方の塚はいづくのほどならんと、… 右に見ゆる山際の里を、みのわ・笠島と云、道祖神の社、かたみの薄、今にありと ― |
| かたみの薄 | 藤中将ェ方の塚 | 笠島道祖神 | |
| ― 此比の五月雨に道いとあしく、身つかれ侍れば、 よそながら眺やりて過ぐるに、箕輪・笠島も五月雨の折にふれたりと、― |
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| 名取川〔閖上橋付近で撮影〕 | 名取市館腰の句碑 |
| ― 武隈の松にこそ、め覺る心地はすれ。…めでたき松のけしきになん侍し。― |
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| 武隈の松〔二木の松〕-岩沼市 | |||||
| 曾良の日記によれば、 五月三日は伊達の大木戸を越えて、鐙摺を通り、白石城下に泊まり。 翌四日に岩沼を通り、武隈の松〔二木の松〕を見て、笠島を行き過ぎ、その夜仙台に入って泊 まったのが事実である。白石泊まりを岩沼泊まりとし、武隈の松を笠島の後に行った様に書い てあるのは、芭蕉特有の虚構であると推定できる。‥‥‥‥‥‥‥‥ ‥‥‥ ‥‥‥‥‥‥ |
| ― 名取川を渡て仙臺に入。あやめふく日也。旅宿をもとめて四五日逗留す。爰に畫工‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 嘉右衛門と云ものあり。 … 一日案内す。宮城野の萩茂りあひて … 玉田・よこ野、 つつじが岡はあせび咲ころ也。 日影ももらぬ松の林に入て、爰を木の下と云とぞ。― |
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| 陸奥国分寺跡 | あせび.〔馬酔木〕 | 仙台萩 |
| 爰を木の下と云うとぞ。― 〔木ノ下三丁目-国分寺跡地〕 |
玉田.よこ野.つゝじが岡は… 〔榴岡公園〕 |
宮城野原公園 |
| …薬師堂・天神の御社など拜て…― |
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| 芭蕉の句碑 〔陸奥国分寺跡地〕 |
榴ヶ岡天満宮 | 薬師堂 〔陸奥国分寺〕 |
| ― かの畫圖にまかせてたどり行ば、おくの細道の山際に十符の菅有。― ― 壺碑市川村多賀城に有。― |
| 壺 碑 | 十符の菅の説明〔岩切〕 | おくの細道〔岩切―多賀城線〕 |
| ― それより野田の玉川、沖の石を尋ぬ。末の松山は寺を造て、末松山といふ。― |
| 末の松山 | 沖の石 | 野田の玉川 |
| ― 悲しさも揩閧ト、鹽がまの浦に入相のかねを聞。 五月雨の空聊はれて、夕月夜幽に、籬が島もほど近し。― 早朝鹽がまの明神に詣。〔5月8日塩釜泊〕 |
| 鹽がまの明神〔塩釜神社〕 | 籬が島 | 鹽がまの浦〔毘沙門山より〕 |
| ― 日既午にちかし。船をかりて松嶋にわたる。其間二里餘、雄嶋の磯につく。‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 抑ことふりにたれど、松嶋は扶桑第一の好風にして、凡洞庭・西湖を恥ず。… 〔5月9日松嶋泊〕 |
| 松島の風景〔五大堂〕 | 松島湾の風景 |
| ― 雄島が磯は地つづきて海に出たる島なり。― 十一日、瑞巌寺に詣。 |
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| 瑞巌寺.参道 | 雄 島 |
只今〔奥州平泉〕に向かって取材.編集を進めております。まとまり次第、 順次アップロードいたします。 m(_ _)m |
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| 奥の細道見聞録-2 |
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